かつてのロリコンの聖地メーサイの日本人教師1

投稿者: | 2020年3月10日

 あれは今から20年以上前。私が初めてタイを訪れた時。確か20歳。私はカオサンで一人のおじさんと知り合いました。多分50代。やけにタイ慣れしているおじさんに面白いところがあると連れていかれたのがタイで初めての夜遊びでした。しかし、お金がなかったのか?それともそういう趣味なのか?連れて行かれたのはナナやバッポンではなく中華街。当時はまだチャイナタウンのそこここに娼婦が立っていました。その光景に海外初風俗の私は驚きました。そのリアクションが面白かったのか、おじさんは夜毎私を連れ回しました。そして、なぜかそのまま一緒にメーサイに行くことに・・・・・そう。メーサイ。タイとミャンマーの国境の町。知っている人なら知っている。かつてのロリコンの聖地です。

 かつてのメーサイは世界中からロリコンが集まってくる闇の町でした。女性人権団体が見たら発狂して死ぬんじゃないでしょうか。おそらく当時で言えば、カンボジアのスワイパーと双璧をなすダークサイドな町でした。私はおじさんの、面白いところがある、という言葉だけを聞かされて、そしてメーサイという町の実情を知らず、訪れることになりました。そして長距離バスに乗りメーサイを目指す道中の何気ない会話で、そのおじさんが小学校の教師であるということが判明しました。

 さすがに初めは話しづらそうにしていたおじさんですが、判明した後は、堰を切ったようにロリコン愛を語り始めました。その時に気が付きました。こいつヤベエ奴だ。どうやら彼にはメーサイに常連の嬢がいるようでした。何でもその彼女に会うために休みのたびにメーサイを訪れているとのことでした。手当たり次第というわけではなく一人の若い娘に夢中なようでした。ということは変態なのか?純愛なのか?・・・まあ、どちらにしてもロリコンに変わりはありません。

 さてメーサイに到着した後、おじさんの常宿へと向かいました。山に張り付いているコテージ風の安宿でした。こう言えば、分かる人は分かるかもしれません。ささっと腹ごしらえをして早速メーサイの置屋を巡ることになりました。当時のメーサイの置屋街は、通りを挟んで東側にありました。そしてその一帯に、スナックみたいな建物、パット見普通の商店みたいなところ、などがあり、そこここに不自然に若い女の娘が数人いました。そして、それらがすべて?置屋娘のようでした。

 しかし、異様なのはそのほとんどが若いということ。若い?というか幼い?とすら思う娘もいました。私達がまず向かったのは、おじさんのお気にがいるひなびたスナックみたいなところでした。おじさんは常連のようで店員と挨拶までしていました。さて、一応飲み屋みたいな体裁の店なので、飲み物を頼みますが、飲み物よりも先にアルバムが届きました。どうやらその店は女性をアルバムで選び、後でデリバリーしてくれるタイプのお店のようでした。

 おじさんはというと、いつもの、みたいな感じでお気にの女性を指名していました。私はというと・・・うーん、ちょっときつい。アルバムの写真に写っているのはおそらく全員10代。JKどころかJCまでいそうです。しかし、別に可愛いというわけではありません。普通の娘。ロリコンならばいいのでしょうが、私はノーマル。アルバムの写真の中のただ若いだけの女の子は選べない。この中にはいないかな・・・そう言うと店員が新たに写真を持ってきました。さらに若そうな女の子ですが、タイプじゃない。

 というわけで私はその店で嬢を選ぶのを断念しました。しかし、おじさんはお気にを迎えるべく部屋で待機するとのことで、そこでおじさんとは分かれることになりました。おじさんから、この辺のやけに若い女の娘がたむろっている店は大概置屋だから。店の上の部屋に上がってするタイプか、この店みたいにデリバリーだからね、と教えられました。ちなみに相場は当時ショート500~1000バーツ。ロング1500~2000バーツくらいとのこと。そうして私は一人メーサイの置屋街に取り残されました。

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